フランソワ・ミクルスキ氏は、ディジョンで生まれました。父親はポーランド人で、母親はムルソーの出身です。
元々はプロのラブビープレイヤーを目指していましたが、ブドウの栽培とワイン醸造を学ぶために、ボーヌのエコール・ヴィニコールに通い、ワインを学ぶことに。その後、5ヶ月間、カリフォルニアのカレラワイナリーで研修し、ムルソーで彼の叔父にあたるピエール・ボワイヨの畑の管理を担当。
同年、叔父からブドウ畑を賃借し、自分のドメーヌをスタートさせました。
畑の面積は、1997年には7.07ヘクタールまで拡大。 国道近くの建物およびセラーを2000年に購入。 2003年には、7.82ヘクタールまで畑を増やし、近い将来、ピエール・ボワイヨの全ての畑を引き受けることになるでしょう。
彼の奥様のマリー・ピエール・ミクルスキさんは、父親がフランソワ・ジェルマンで、シャトー・ド・ショレの所有者です。 彼女は父親の畑仕事を手伝い、最良のワインだけを瓶詰めするマリー・ピエール・ジェルマンを設立しました。また彼女は、オスピス・ド・ニュイのバイヤーでもあります。
以前はアメリカへ大半を輸出していたこともあり、比較的樽のきいたコッテリしたタイプを生産していましたが、近年は新樽率が3割になり、骨格はしっかりしているものの非常にエレガントで洗練されたスタイルに移行されています。
ラベルは長く、1978年シャトー・ムートン・ロートシルトのラベルにも使用された、カナダ人画家ジャン・ポール・リオペルの描いた 「コート・ソヴァージュ」 という作品が使われていましたが、彼の死去に伴って使用を取り止め、2005年からチョークでの文字をイメージしたシンプルなものに変わっています。